会社経営において「誰と働くか」という判断は、戦略や財務以上に成果を左右します。どんなに優れた戦略を描いても、一緒に走る人が間違っていれば、組織は成果を出せません。
実際に現場では、こんな“あるある”が起きています。
- 成果は出しているが、周囲との摩擦が絶えずチームの雰囲気を悪くしてしまう人がいる
- ルールや会社の文化を軽視し、自分のやり方を押し通す社員がいる
- スキルは高いのに、価値観が合わず優秀な人材が離れてしまう
このような“違和感のある人”を放置すると、組織文化はじわじわと壊れていきます。だからこそ、経営者には「誰と働くべきか」を冷静に見極める責任があります。
EOS(起業家型組織運営システム)の創設者ジーノ・ウィックマンは、こう警鐘を鳴らしています。
文化を壊す人を一人でも放置すれば、10人の良い人が辞めていく。
コアバリューに合わない人は、どれだけ成果を出していても長期的には組織を蝕む。
つまり、成果を理由に文化を犠牲にしてはいけません。人を残すよりも、コアバリューを守ることが組織を強くします。もしその人が原因でチームの士気や文化が壊れるなら、勇気を持って手放すことも経営者の責任です。
①「正しい人」とは何か?

EOSでは「Right People(正しい人)」を、会社のコアバリューを体現している人と定義します。能力や成果も重要ですが、価値観がズレている人は長期的に組織を蝕みます。一方で、スキルが不足していても、コアバリューが合う人は成長し、組織を前に進めてくれるのです。
例えば「誠実さ」を大切にする会社で、数字のために顧客を誤魔化す人がいたらどうでしょうか。短期的には成果を出せても、組織文化は確実に壊れます。特に女性リーダーが増えてきた今は、誠実さや共感力といった価値観を守る姿勢が、会社を強くするうえでより一層重要です。
つまり、会社にとって理想的な状態は「正しい人を見極める」ことです。そして、この「正しい人」の基準は経営チームが決めるのが原則です。すべてのコアバリューが常に完璧に「+」である必要はなく、どの程度を許容するかをチームで定めることが大切です。では、どうやって感覚や好き嫌いに流されず、正しい人かどうかを判断すればよいのでしょうか?EOSにはそのためのシンプルなピープルアナライザー(People Analyzer)という評価ツールが用意されています。
ピープルアナライザー(People Analyzer)は、社員が会社のコアバリューにどの程度合っているかを、シンプルに「+」「±」「-」で評価するツールです。例えばコアバリューが5つある場合、それぞれの項目に対して評価をつけ、総合的にその人が「正しい人」かどうかを判断します。
② コアバリューが基準を下回った場合の対処方法
EOSのピープルアナライザーを使うと、社員が会社のコアバリューにどの程度合っているかを客観的に判断できます。経営チームが定めた基準(例:5つ中「+/-」は2つまで許容)を下回った場合は、すぐに退場を決めるのではなく、まずは事実に基づいて対話を行い、改善のチャンスを与えることが重要です。
1. 具体的な事例を3つ挙げる
「コアバリューを体現できていない」と伝えるときは、必ず行動の事実を示す必要があります。抽象的に「誠実さが足りない」ではなく、「顧客対応で○○という誤魔化しがあった」「会議で他者の意見を遮った」といった具合に、具体例を3つ提示すると納得感が生まれます。
ポイント:マイナス評価の際は、必ず3つの具体例を挙げましょう。1つや2つでは「たまたま」「誤解」と言い訳されますが、3つ揃えば本人も認めざるを得ません。
2. 本人の意思を確認する
改善の余地があるかは、本人の意思にかかっています。「自分はこのコアバリューをプラス評価に変えたいか?」を確認しましょう。Yesであれば次に進みます。しかしNoや抵抗する場合は、その人は「正しい人」ではない可能性が高いです。
3. 改善プランを一緒に作成する
本人がプラス評価を取りたいと望む場合は、どんな行動を変えればよいかを一緒に考え、具体的な改善プランを作成します。例えば「顧客対応で曖昧な表現を避ける」「会議では最後まで人の話を聞く」といった、行動レベルの改善が分かりやすいです。
ステップ | 具体的な対応 | ポイント |
---|---|---|
1. 具体的な事例を3つ挙げる | 行動の事実を示し、本人に納得感を与える | 抽象的な指摘ではなく、必ず「3つ」提示する |
2. 本人の意思を確認する | プラス評価に変えたいかを質問する | Yesなら次へ、Noなら不一致の可能性大 |
3. 改善プランを一緒に作成する | 行動レベルで改善策を考える | 「顧客対応で曖昧表現を避ける」など具体的に |
4. 月1回の面談で進捗確認する | 改善実行の状況をすり合わせる | 「指摘」ではなく「並走者」として関わる |
5. 期限を区切って再評価する | 30〜90日後に再チェック | 改善がなければ退場の判断も必要 |
4. 月1回の面談で進捗確認する
改善プランを作った後は、月1回の進捗面談で実行状況を確認します。単なる「指摘」で終わらせず、「伴走者」として支援する姿勢がマネージャーには求められます。
5. 期限を区切って再評価する
通常は30〜90日を目安に再評価を行います。改善が見られれば継続、改善がなければ「正しい人ではない」と判断する必要があります。このプロセスは単に「辞めさせるため」ではなく、本人に改善のチャンスを与え、共に成長できる道を探すためのものです。
③ コアバリューにマイナス評価がついた場合の対処方法
コアバリューに「-」が1つでもつくことは、組織文化全体を揺るがす“赤信号”です。 そのメンバーは周囲に悪影響を及ぼし、放置すれば他の社員の行動や価値観までマイナスに引き込んでしまいます。多少の猶予を与えることはできますが、時間軸は短くすべきです。通常のスリーストライクルール(最大3回の改善チャンスを与える仕組み)のように、何度も待つ余裕はありません。
経営者にとって重要なのは、早期に「-のある人をゼロにする」状態をつくることです。これは単なる人事課題ではありません。売上目標を達成するのと同じくらい――いや、それ以上に組織の未来を左右する経営課題です。
だからこそ、次の3点を肝に銘じる必要があります。
- 文化を壊す人を残すことは、長期的に組織の信頼を失うリスクとなる
- 戦略や数字よりも「文化」が崩れることの方がダメージは大きい
- 文化を守ることは、経営者の最優先責任である
だからこそ文化を守ることこそが組織の強さを決める唯一の道なのです。
まとめ|文化を守るのは経営者の責任
会社に違和感のある人を放置すると、優秀な人が辞めてしまい、組織文化が壊れます。だからこそ、コアバリューに合っているかを冷静に判断し、改善の余地があれば伴走し、難しければ手放す勇気が必要です。
経営の最大のテーマは「誰と働くか」です。
EOSのフレームワークを活用すれば、感情に流されず、正しい人と共に歩むための判断が可能です。これは経営者にとっても女性リーダーにとっても、組織を強くする最も重要な実践です。
書籍紹介|『TRACTION』と『Get a Grip』
『TRACTION』は、EOS(Entrepreneurial Operating System)の公式ガイドブックです。L10ミーティング(10点満点ミーティング)、石(Rocks)、スコアカードといった基本ツールが体系的に紹介されています。特に「正しい人を正しい席に座らせる」という考え方は、コアバリューを守りながら人材を見極める本記事のテーマと直結しています。経営者やリーダーが感覚に頼らず仕組みで判断を下すための一冊です。
▶『TRACTION』ビジネスの手綱を握りなおす 中小企業のシンプルイノベーション
ジーノ・ウィックマン 著
『Get a Grip』は、『TRACTION』を物語形式で理解できる実践編です。架空の企業が混乱する組織運営を立て直していくプロセスを描き、EOSツールがどのように現場で機能するのかをわかりやすく伝えています。コアバリューに合わない人が組織に与える影響や、正しい人材をどう見極めるかといったシーンも描かれており、本記事で取り上げた「人に関する判断の重要性」を実感できます。小説のように読み進めながらEOSの本質を学べる入門書です。
▶『Get a Grip』ビジネスを前進させるEOSの実践ストーリー
ジーノ・ウィックマン/マイク・パトン 共著